2008年 10月 20日

野村秋介氏「天の怒りか、地の声か」

平成五年十月二十日。野村秋介氏の朝日新聞本社における壮烈な自決より十五年が経った。この野村氏最後の日に、全国の同志に向けて書き遺された文章を掲載させていただく。


天の怒りか、地の声か

 いわゆる五五年体制といわれた自民党独裁の腐敗政治を、バッサリと切り捨てた日本人のバランス感覚の良さには、内心「大したもんだ」と感心していた。が、である。この細川護熙というバカ殿には、開いた口が塞がらない。いわゆる例の大戦を「侵略戦争と位置づけ、深く反省し、お詫びする」発言である。この人物も、しょせんは朝日新開の記者あがりだから仕方がない、と言えばそれまでだが、少なくとも一国の首相である以上は、もう少し見識ある発言が欲しかった。

 確かに侵略的側面がなかったとは言い切れない。しかし、もともと日本は、日本の独立自衛を眼目として明治維新を断行したところから出発した事実は否めまい。要するに独立自衛の側面もあったし、または五族協和を目指した側面もあったし、アジア解放という大義もあった。物事は一側面だけを見て全体を断ずることはできないはずだ。加えてアメリカは、第一次世界大戦以前に日本を仮想敵国とし、極秘裡に「オレンジ作戦」という日本壊滅作戦を立てていた。故に重慶政府に豊富な資金を提供し、武器を送り、日本を中国の奥地へ奥地へと引きずり込んでいった。もともと日本の戦力を消耗させることが目的で、彼らは国をあげて日本の疲弊を促進させた。日本はそれにまんまと引っかかった。というのも歴史の一面としての事実である。

 故をもって、東京裁判においても、パール判事は、日本は無罪であると断じている。かかる歴史の混淆を見事に飛び越えて、何が侵略戦争でしただ。何が申し訳ないだ。それほど申し訳ないのなら、施政壇上で腹を切ってみせればいいではないか。小田実などもそうだが、日本が悪い、日本が悪いと言い続けている。テメエだって日本人じゃねえのか。それだけ日本が悪いなら、テメエが腹を切ってお詫びすればいいんだ。それもできないで申し訳ないの、日本が悪いのとほざいている輩は、日本語では「口舌の徒」というのだ。

 今、私は神風特攻隊の歴史を読み返している。もちろん回天特攻隊もそうだが、あの若くして散った純粋さ、そして祖国愛に、私はただただ打たれ、心底申し訳ないと思いを深くしている。 日本に今日の平和があるのも、また繁栄があるのも、すべてこの人々の尊い犠牲の上にあることを、細川護熙よ、心して知れ! それでも若くして散ったこの人々を、『侵略者』ドロボーの手先だったと言うのか!

 まず、その人々に頭を深く垂れるべきではないのか。その上で、日本の過去の何が是で、何が非であったのかを検証する。それが順序というものだ。バカにつける薬はないというが、昔の人はうまいことを言ったもんだ。いつまで極楽島のアホウ鳥でいれば気がすむのか。

 私は寺山修司の
  「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし
     身捨つるほどの祖国ありや」

 という詩と十数年にわたって心の中で対峙し続けてきた。そして今「ある!」と腹の底から思うようになっている。私には親も妻も子も、友もいる。山川草木、石ころの一つひとつに至るまで私にとっては、すべて祖国そのものである。寺山は「ない」と言った。私は「ある」と言う。それ故に、細川護熙の発言を断じて許せないのである。これは、私一人の思いではないと思う。
 ちなみに、神風特攻機は二千八百四十三機飛び立ち、二百四十四機が敵艦に突入したと記録にある。英霊よ、安らかに眠れ。いつの日か必ず有色人種である日本人が、白色人種と三年半にわたって死闘を展開した、真なる意味が何であったのかは、後世の史家が明らかにしてくれるであろう。

  さだめなき世なりと知るも草莽の
   一筋の道 かはることなし
野村秋介
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by hinomaru-nihon | 2008-10-20 22:04 | 憂国の檄


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