2008年 07月 26日

嶋津丈夫氏、原爆慰霊碑損壊の声明

平成17年7月26日。誠臣塾の嶋津丈夫氏が原爆慰霊碑と呼ばれている碑の碑文「過ちは」という文字にハンマーとのみで傷をつけて自首。事件前に広島市長・広島県知事、各マスコミに声明文を送付。



声   明   文
 我々は五十三年間待った。ずっと待ち続けた。「過ち」という文字が消える日をずっと待ち続けた。
 六十年前の八月六日午前八時十五分、広島上空で原爆一閃。我同胞二十数万人の尊い命は一瞬にして奪われた。非戦闘員であり何の戦闘力もない老幼婦女子までも一瞬にして抹殺されたのである。この呪わしき原爆の日を何故平和の日と言えようか。
原爆死没者慰霊碑に刻まれてある「過ちは繰り返しませぬから」。この碑文は、犠牲者やその遺族である広島市民が「過ち」を犯して謝罪しているように読みとれる。しかし、我同胞二十数万人の命を一瞬にして奪った原爆投下の「過ち」を犯したのは一体誰であるか。決して被爆犠牲者や広島市民ではない。紛れもなく「米国」なのである。米国がこの慰霊碑を建てたのなら意味が分かるが、残念ながら浜井信三元広島市長によって建てられたものである。山田節男元広島市長は「この碑文の主語は世界人類である」と見解を発表しているが、原爆を投下したのは決して「世界人類」ではなく、米国に他ならない。この碑文は米国の罪から目をそらして被爆犠牲者や広島市民、日本が悪かったのだと罪を押し付け、犠牲者の御霊を冒涜しているのである。広島市民にとっては屈辱的詫証文以外のなにものでもない。原爆を投下した当の米国は賠償も謝罪も、反省すらしていないのが現状だ。この現状では、山田元市長の見解は媚米に満ちた見解と言える。反省すべきは、被爆犠牲者や広島市民ではない。原爆を投下した米国である。国際法上、そして人道上、許されざる原爆という大量虐殺により、我同胞二十数万の尊い命は一瞬にして奪われたのである。なぜ、我々が謝罪をする必要があるのか。これは原爆を投下したアメリカの罪を抹殺し、犠牲者の御霊を冒涜する許されざる碑文である。
 戦後六十年、日本は混迷を極めている。領土紛争、拉致事件、反日暴動、そして未だ繰り返される屈辱的土下座外交。国内においては、教育の腐敗、政財官界の堕落、司法から法の正義は消え失せ、犯罪は増加・低年齢化した。これら諸問題すべての元凶は国際法を一切無視した東京裁判により構築された戦後体制にある。敗戦・東京裁判により日本人の魂は奪われた。国体から乖離した占領憲法を押し付けられ、歴史・伝統・文化を否定され、反日教育・自虐史観を刷り込まれた。この結果、精神は荒廃したのである。
 戦後教育は日本の伝統を悉く破壊し精神を荒廃させた。そもそも現今の教育基本法はGHQにより制定された日本弱体化政策の一環なのである。このような環境で育った子供たちに歪みが出ている現状は当然の結果だと言えよう。自己を否定され、思考を停止させられた日本人に自尊心や自立心が生じるはずもなく、伝統は崩壊し精神は荒廃した。日教組、全教による反日・自虐教育が日本の伝統破壊、精神荒廃に一層拍車をかけた。そして今や教育は戦後日本を巣食う元凶となっているのである。
ロシアに北方領土が、韓国に竹島が、侵略されているのに自衛隊の出動はない。支那には領海侵犯を幾度も繰り返され、尖閣諸島に不法上陸され破壊活動が行われた。支那で起きた反日暴動に至っては日本が謝罪をするという卑屈外交が繰り返された。首相の靖国神社参拝に対して政財界はそろって中止を求める。同胞が北鮮に拉致されているにも関わらず経済制裁の発動すらない。戦後日本は国家主権の行使ができないのである。これはまさしく東京裁判史観が蔓延し、伝統が破壊され精神が荒廃しているからである。
このように荒廃した戦後日本の卑屈精神を象徴する言葉が原爆慰霊碑に刻まれている「過ちは繰り返しませぬから」という詫証文なのである。
 過去幾度となく、多くの先達が碑文改正運動を展開しているが未だに碑文改正は実現していない。私はこの現状を重く受け止め、今回の行動を起こし抗議することを決意したのである。現在の碑文は決して被爆犠牲者の慰霊になっていないということを皆さんに理解していただきたい。
真の世界平和のために、誇り高き日本国家再建のために、そして志半ばで非情にも抹殺された二十数万の御霊のために、原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文を改めなければならない。
政治結社 誠臣塾
     嶋津丈夫
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by hinomaru-nihon | 2008-07-26 08:40 | 憂国の檄


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